有料サポートは糞だろうか?

一年半くらいまえにこんな話を書きまして、公開した直後は若干後悔したりもしたのですが(いまうまいこと言ったよ)、去年の末ごろから複数の方々から「有料サポートを」という話をいただいていて、もう一度具体的に考えてみようと思った次第です。

話を巻き戻しますと、僕は WordPress というオープンソースのブログツールをここ3年ほど使っていまして、それのサポートフォーラムをのぞいたりたまに質問に答えたりしています。WordPress に限った話ではないですが、サポートに何か欠けてるんじゃないかと思うことがしばしばありました。質問者、回答者ともにどこか満足できていない部分があるんじゃないか。

例をあげれば、質問者の知識が十分でない(だから質問するんですが)とか自分で調べられることを調べていないとかのために回答者にフラストレーションを感じさせてしまったりとか、結局なんやかやで回答が得られず質問者があきらめてしまったりとか。

サポートに質問を投げるのはその人が何か解決できない問題を抱えているからです。サポートも使ったとして、その問題が解決されるためには何が必要なのか。要素が2つあると思うんです。一つは自助努力です。要するに自力で調べる。これはある程度の知識や経験が必要ですし、もしそれがあったとしても何かを調べるには時間がかかります。

もう一つの要素はサポートの助けを借りることですが、ではサポートの助けを借りるには何が必要なのか。無償でサポートに回答する人の動機とは何か。一番のものは助け合いの気持ちじゃないでしょうか。自分も困ったときには助けが必要だ、だから困っている人には手を貸そう、オープンソースのサポートはそういう気持ちの積み重ねだと思います。

ではどういうときにこの助け合いの気持ちが生まれるのか。ここが重要のような気がします。

僕が思うのは、質問の内容に一般性が必要なのではないかということです。一般性があるというのはみんなの問題だということです。みんなが必ずはまる問題については、次の人がはまって困らないようにとみんな積極的に情報を出してくれます。自分が過去にはまって困りまくった問題について質問している人がいたら自分の経験について教えてあげたいと自然に思うと思います。これが世界に2人だけだったとしてもそれはそれで一般性があるということです。

逆に、一般性がない問題には助け合いの気持ちが生まれないのではないかと思います。一般性がない問題というのはつまりみんなの問題ではなくてあなたの問題だということです。

「うちのブログが動かなくなったんだけど立ち上げた人が退職しちゃってわかりません。どうしたらいいんですか?」

— それはあなたの問題です。私には関係ありません。

この例は極端すぎたかもしれませんが、個人の事情を相談しているケースというのはときどき見られます。

しかし、一般性があろうがなかろうが、その人にとって問題であることには違いがありません。その人は問題の解決を必要としています。

話を戻すと、問題が解決されるためには2つの要素があるといいました。一つは自助努力でもう一つはサポートの助けです。2つを足して100に届かないときは問題は解決されません。

100に届かないものを届かせるには何か足さないといけません。ひとつには、回答者の動機を足すという手があります。助け合いの気持ち+αです。αは何か。ひとつのわかりやすいαは経済的なメリットです。

そういう流れで、有料サポートという発想が出てきました。有料サポートは無料サポートを置き換えるものではなく、無料サポートで埋められなかったαを足すものと考えてもらえれば、僕がそれほど守銭奴でもないことを少しはわかっていただけると期待しています。

このあと、有料サポートの具体的な仕組みについて計画の一端を書こうと思ったのですが、長くなったので続きは後日。

Happy new year!

One response to “有料サポートは糞だろうか?”

  1. ishizaka

    謹賀新年

    今年もよろしくです。続きの記事楽しみにしています。有料サポート賛成派です。タイトルが過激だったので、びくりとしましたよ。僕も追撃で記事書きました。

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