仕事の目処を聞かれたときには、「100年くらい見ないと完成しないんじゃないですかね」とか答えてるんですが、僕としては街の成長スパンを考えたらそれぐらいの感覚で見ないとわからないと思っているので、とくにふざけているわけでもありません。
「100年もかかったらお前は生きてないだろう」と良く言われますが、それはどうでもよいことだと思っています。
100年後に自分が死んでいても、会社が残っていれば問題ないじゃないか。
ところで、会社の寿命は30年程度だという説があります。ということは、100年経ったら自分だけでなく会社も存続していない可能性が高い。
しかしそれも、別にいいのではないかと。
会社はなくともビジネスが100年後も継承されているならまったく問題ない話ではないかと僕は思います。
Wikipedia によると農業の起源はメソポタミア文明らしいですが、他の種の生物を育成するという珍妙極まるビジネスが誕生してから数千年もの間、農業従事者は改良の努力を継続してきたわけです。
製鉄業、自動車産業、なんであれビジネスそのものはどこまでも長いスパンで継続され得るものだと思うので、にんげん仕事を思ううえで寿命だの目先のことに囚われる必要もないのではないかと思います。
時には板垣死すともなんとやらの精神が大事じゃないでしょうか。
かたや、ドッグイヤー、なんて言葉が流行っていて、いまどき経営者たるものスピードが命である、と、うるさく言われます。それも時には大事でしょう。でも妙なマントラに縛られて本質が見えなくなったらそれこそ愚かなことだと僕は思います。
