華族

華族―近代日本貴族の虚像と実像

明治・大正時代の大物政治家たち、伊藤博文とか山県有朋とかって、ヒゲ伸ばして侯爵とか呼ばれて、飛行機が空飛ぶ時代まで活躍していたわけだけど、こいつら若い頃は袴はいて刀振り回してたんだよなあ、とか考えると明治・大正ってなんか面白い時代だなあと思うんです。

高校で習った歴史だと「大名と公家と明治維新の功労者が華族になった」とさらっと片付けられてしまったんですが、この本によると実際はもっといろんな人が華族になっています。最初の頃だと琉球の王も華族に列せられていて、それも公家の最高位の五摂家や徳川宗家と同列の超 VIP 待遇で扱われたりしています。伊勢神宮や出雲大社など大きな神社の神職も華族です。

それから驚いたのは「忠臣華族」といって、「南北朝時代に南朝を支持した一族の末裔」という理由で華族になった人たちもいたこと。新田義貞名和長年菊池武時のそれぞれ子孫の3家で、それぞれ男爵になっています。600年も昔の人の子孫をどこから探してきたのか不思議に思いますが、やっぱり正統の嫡流というわけにはいかなかったようで、けっこう無理矢理決めたところもあったようです。

時代が下ると併合された大韓帝国の貴族や、日清・日露戦争で活躍した軍人もおおぜい華族に列せられています。岩崎久弥岩崎弥之助三井八郎右衛門鴻池善右衛門住友吉左衛門藤田伝三郎大倉喜八郎団琢磨といった、財閥を率いた実業家たちもそれぞれ経済発展の功ということで男爵になっています。商人が名実ともに貴族階級として処遇されるようになったわけですね。

華族制度は78年間続いた後に、第二次大戦後の新憲法で廃止されます。華族は爵位を返上させられただけでなく、重税にも苦しめられたようです。1946年に個人の財産に対して課せられた財産税は1回限りの臨時税ではあったものの、資産が10万~20万円の者には税率25%、累進課税で段階的に上がって資産1500万円以上の者はなんと税率90%と厳しくむしり取られてしまいます。

太宰治の『斜陽』を読んだときに、登場する没落貴族の一家は、あれは散財しすぎて貧乏になったんだと思ってたんですが、戦後は特権だけでなく財産そのものを(税として)没収されていたのだということをはじめて知りました。

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