国立駅の南口から大学通りの右手側を歩いていくと、ドトールの隣に見るからにハイソな門があって、前を通るたびに気になっていました。

いつも門が閉まっていて、フランス料理店だということくらいには見当がついていたのですが、門の先は林のように木が生い茂ってよく中が見えず、この先にどんなブルジョワ世界が広がっているのか、と前を通るたびに妄想していたものです。
それが先日、ご近所マップの掲載で取材をさせてもらえることになりまして、不肖三好、中をのぞいてまいりました。
ル・ヴァン・ド・ヴェール、というお店です。
門をくぐって奥に、2階建ての洋館があります。

ただの洋館ではありませんでした。昭和の始め頃に当時の海軍の大佐(お店のパンフでは「赤城」の元艦長という話だが、ちょっと調べてみた限りでは「赤城」歴代艦長に野島新之丞という名前は見つからなかった。そのうちじっくり調べてみよう。ちなみに「赤城」としてよく知られるのは八八艦隊計画で天城型巡洋戦艦として1920年に起工されながら、建造中にワシントン海軍軍縮条約により空母に改装され、太平洋戦争では真珠湾攻撃やミッドウェー海戦にも参加した「赤城」だが、その前にも「赤城」という名前の別の軍艦があったようだから、もしかしたらそっちのことかもしれない。まあどっちにしても艦長なら偉いに違いない) の邸宅として建てられた、歴史的な建物らしいです。
海軍さんですから、当時の先端をいっていたダンディ&ファッショナブル・ガイだったのではなかろうかと推測しますが、昭和初期のころ国立はそういうダンディが邸宅を建てたいと思うような、すでにそういう土地柄だったのでしょうか。そういえば先日、別の店で国立の商店街の歴史について書かれた非売品の本を読ませてもらいましたが、昔の(何年ごろか忘れた)国立の航空写真が載っていて、国立駅の南口から現在と同じように大学通りと2本の放射道路(富士見通りと旭通り) が延びているところは同じでしたが、道のほかに建物がほとんど見えず、うっそうとした森で埋まっていました。現在の国立の衛星写真を見ると一橋大学の構内に森が残っていますが、それが全体を覆っているところを想像して下さい。国立という街が開かれた当時はそんな感じだったようです。洋館が建てられたのはおそらくそんな時代だったと思います。深いぜ国立。
さてル・ヴァン・ド・ヴェールですが、中庭に面したテラス席がもう、何というか、明るくて暖かくて、最高です。こんな場所で食事できたら、というか、むしろここに住みたい。

下手な写真で恐縮ですが、雰囲気感じ取って下さい。
うーむ、柄ではないけど、まじで一度おランチしてみたいなあ。ランチは1,600円からあるので無理をしたら行けないこともないけど、こんな襤褸着て入れませぬ。誰か代わりに行ってみて下さいよ。そんで感想聞かせて下さい。